東京高等裁判所 昭和52年(う)1672号 判決
被告人 横田哲治
〔抄 録〕
よって、記録を調査して検討するに、まず被告人が昭和四九年一二月三日午後四時六分ころ東京都公安委員会が道路標識によって追越し禁止の場所と指定した東京都日野市日野台一丁目二〇番地付近道路(以下「本件道路」という)において同所が追越し禁止場所であることに気がつかないで普通乗用自動車を運転し、藤村博運転の普通貨物自動車を追い越すため進路を変更し、前車の右側方を通過して追い越したことは、原審で取り調べた関係証拠によって、これを認めることができる。
そこで、本件道路標識が道交法施行令一条の二にいう「見やすいように」設置されていたといえるかどうかについて検討する。
原審および当審において取り調べた関係証拠(特に原裁判所の検証調書、司法警察員ら作成の実況見分調書、司法巡査作成の昭和五一年六月二二日付「公安委員会決定の抜すい」と題する書面など)や関係法令によると、本件のような「追越し禁止」の道路標識は、いわゆる規制標識と呼ばれるものの一種であって(昭和三五年一二月一七日総理府・建設省令三号一条二項)、車両の追越しを禁止する道路の区間または場所内の必要な地点における左側路端に設置されるものとされ(同令二条別表第一、規制標識三一四の二)、さらに同標識は追越し禁止区間の始まりおよび終りの地点における左側の路端に始点標識および終点標識を設置するものとし、設置場所が交差点にかかるときは、交差点からおおむね五ないし三〇メートルの距離をおいて交差点より先に設置されるものとされ(警察庁交通局長発所轄官署の長宛「道路標識等の設置および管理に関する基準」昭和四七年五月二四日付警察庁丙規発一五号第四章第一〇)、道路標識を設置する場合において「追越し禁止」等の標示板は、道路と直角または斜めに(直角より、さらに零度ないし四五度分道路と平行になるように)取りつける(同基準第二章第四)旨定められているところ、「追越し禁止」、「駐車禁止」、「四〇キロ制限」の三個の標示板を取りつけた本件組合せ式道路標識は、右方に分岐路のある交差点の約一七メートル先の道路左側端のガードレールによる歩車道境のコンクリート地床に支桂を埋めて固定させて設置され、追越し禁止の標示板は道路と斜めに(直角よりさらに約六四度分道路と平行になるように)支柱にとりつけられていること、原裁判所の検証時本件組合せ式標識にとりつけられている三個の標示板のうち駐車禁止を示す標示板はその表面がかなり汚れていたが、その余の追越し禁止、速度制限を示す各標示板の表面は殆ど汚れておらず、これを視認できる地点から見れば、明確にその内容を了知できる状態にあったこと、被告人車の走行方向から本件標識に向かう道路は、左にやや屈曲しているうえ、標識設置地点から約三三メートル手前の道路左側の住宅敷地内に常緑樹が茂っているため、本件標識はその七〇メートル手前の地点からは未だこれを見ることができないが、六〇メートル手前の地点からは「追越し禁止」「四〇キロ制限」の標示板が完全に見え、「駐車禁止」の標示板も、その半分以上が見えるようになり、さらに五〇メートル手前の地点からは右三個の標示板はすべて完全に見ることができること、被告人車は本件当時本件道路を時速四〇キロメートルで走行していたのであるが、右と同じ速度で走行中の運転者が本件標識の手前六〇メートルの地点から標識を見たとすれば、その視認可能時間は約五・四秒あること、以上の事実が認められ、右諸事実によれば本件標識は、設置場所の選定、設置方法、管理において道交法施行令一条の二にいう「見やすいよう」に設置されていたと認めるのが相当である。なお前記のとおり本件「追越し禁止」の標示板は前記「道路標識等の設置および管理に関する基準」第二章第四で定められた取り付けの角度(直角よりさらに四五度分まで道路と平行となるように設置してもよい)より、さらに道路に平行になる状態に(直角よりさらに約六四度分まで道路と平行となるように)設置され、その分だけ見にくい状態にあることが窺われるけれども、前記のとおり本件標識は、車両の運転者が制限速度(四〇キロメートル毎時)を遵守し、前方注視を尽して運転すれば、その手前約六〇メートルの地点から約五・四秒間視認することができるのであるから、設置に関する右程度の瑕疵は本件標識全体を無効とする程重大な瑕疵であるとはとうていいうことができない。また原判決は、所轄警察署が本件後の昭和五〇年二月ころ本件標識の近くに追越し禁止のオーバーハング方式の標識を設置したことにつき、本件標識が見やすいように設置されていなかったため、そのことを理由としてオーバーハング方式の標識が設置されたかのように説示しているけれども、原審証人武市和男の供述および前記「道路標識等の設置および管理に関する基準」第四章第一〇によれば、昭和四七年六月一日施行の右基準によって、幹線道路または準幹線道路等交通量が多い道路における始点(終点)標識は、原則としてオーバーハング方式によるものとする旨定められたこと、所轄日野警察署の係官が本件以前の昭和四九年八月一〇日ころ管内の交通量の多い一〇か所にオーバーハング方式による規制標識を設置したい旨警視庁に上申したところ、その後同庁の係官から予算の都合がつき、さらに八か所上申されたい旨の連絡があったので、本件場所を含む八か所を追加上申し、同五〇年二月ころ本件標識の近くにオーバーハング方式による追越し禁止の標識が設置されたことが認められるから、原判示のように、本件標識が見やすいように設置されていなかったからオーバーハング方式の標識が設置されたとすることはできない。
以上の次第であるから、被告人が本件標識を見落した過失により、本件道路が追越し禁止の場所であることに気付かないで前方を走行中の車両を追い越したという本件公訴事実の証明は十分である。
(小松 千葉 鈴木)